つたえたくて
ひとは
つたえたくて
いきている。
そんな気がしないでもない今日です。
“自分のがんばりを認めて欲しい”
“誰かにこの楽しさを知って欲しい”
“もっとこうなればいいという願いを共有したい”
ひとは本来シンプルに
実に簡単に
「つたえたくて」生きているのではないだろか
アートも、そう。
生き様も。そう。
こんなあたしでさえも、そう。
誰かに、あたしという存在をつたえたいの。
あいされたい
のうち大多数
「こんな自分を知って認めてほしい」って感情があるような気がするし
必死に必死に自分たちを伝え合って
私たちはいきてるような気がしないでもないんです
最近。
同じきもちに出会うとほっとほころんで
違うきもちにぶつかるとぴりりと引き締まって
きもちでもって距離をはかって
きもちでもってすべてに応えていく。答えていく。
つたえあう。生きあう。
きもちどうしで。
そんなレベルに分解してったら、
結構すべてって簡単じゃないのかなって思ったりするよ
そんなうまくいかなくてもいいけどさ
ただ、こまったときは、まず。
きもちでほどいていくことをしたいと思う。
それがいっちゃん近道な気がするんだ。
2007.10.25 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日々
