鈍色のそら
雪国を出て初めて知ったことは、
自分が曇り空に合った体になってしまっていること。
曇りが好きな人って珍しいね、とまで言われてしまった。
ほどよい湿り気
どこまでも単調ではっきりしない空
うつむきかげんの街
誰もとおんなじにうかない顔をしてみながら
内心ほっとしてほくそ笑んでいたりする。
元気ないくらいが丁度いい。
世間は元気な状態にチューニング合わせすぎてる。よ
快晴もベストコンディションも必要だし
それがあってこそ日々の輝きもある訳だけれど、
本当はそのあいだあいだにある、淡々とした日常をこなすことが一番の業(わざ)なんじゃないかと思う。
いつも元気でいられるわけない。
いつも笑うだけで生きてけるわけない。
それを求めていったって苦しいばかりじゃないか
だって100点満点はありえない。いつも。
何もない日が戦場で、
いちばんの踏ん張りどころ。
今は小さなことだけを積み重ねていきたい。
気持ちに正直に生きたいと強く思い始めてからは、
突き放されるような晴天より
ぼんやりただそこにある曇天がすき。
かみさまの目も届かない安息日。
そんな感じ
見放されてるようであたしは落ち着く。
間違ったことなんてないんじゃないかと思う
全ては切り分けることのできない総体なんじゃないかと思う
ほんとうは許されるなんて簡単なことじゃないかって。
自分が受け入れるってことだろう?
全てが調和しようともせずただ鈍く光る。
そんなある日のおもいごと。
2007.11.07 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日々
